人の役に立つ仕事をしなさいっていう呪縛からの解放について考えてた
親とか先生からよくこれ言われて育ったし、綺麗な環境で育った上澄みの人間はこれが正しいと思ってる
ウソをついてはいけない、人を殴ってはいけないとかと同等に潜在意識レベルに刷り込まれてる
仕事というのは世の中を良くするものだ...はて?
社長であれば尚更、自分がどうやってお金を儲けるかの裁量権がある分、悪のビジネスに手を染めることはいっそう罪深く感じる
自分の価値基準で人を不幸にするビジネスをライフワークにするとか言語道断のように感じる
タバコ産業、コーンシロップ、ファストファッション、パチンコ、競馬、宝くじ、キャバクラ、風俗
まぁわかりやすいのでいうと、こういう底辺を養分にして巻き上げるようなビジネスにはヘドが出るようにプログラムされてしまってる
でも結局儲かるビジネスって上場企業だろうが似たようなことやってて
スマホゲーのガチャなんか、タチの悪い法律掻い潜っただけのパチンコと何も変わらんし、なんなら決済周りを最適化してる分溶ける金額に歯止めも効かないし、頭の良い人が寄ってたかってIQの低い人から巻き上げるギャンブル理論を研究して養分にしてる以外の何でもない
そこにゲームやアニメのIP使ってコラボして徴収金額を最大化していくゲーム
過激なものはそのうち規制されていくけど、法律が追いつくまではフィーバータイム
このクソみたいな拝金主義のマネーゲームを正当化して、優秀な人材を数百人単位で稼動させて帝国として利益を追求していく
三方よしが聞いて呆れる。なかなか綺麗事では高利の追求は難しい
ある種破綻した倫理観とかも持ち合わせないと偽善者モードがオンになって折れてしまう
人類の歴史は失敗の歴史で、数百年先から見返すと過度な資本主義は明らかに失敗にカウントされるんやろうけど、今はそんなこといってられない。権力やその他のパワーはお金を儲ければ正しい。みたいな意識がアジアでは特に強い
この見え透いた浅はかな拝金主義に対してのアレルギー反応をどうやって止めるか。偽善者モードが発動してしまうのは意図的に止められるかどうかは死活問題
善悪を考える脳の部分を都合よくコントロールして、他者の痛みを全く感じることがなければ最大限のパフォーマンスを発揮できて、競争に勝っていくような人間に自分を改造することは可能なのか?
もう何年も考えてる
初めて自分の開発力をよくわからん漫画アプリのエロ広告チューニングとかに利用されたときとか『わざわざ海外でソフトウェア開発勉強してまで、その能力の使い道がこれかよ』って思ってたし、それに対して本気で熱上げてる社長とかそれに洗脳されてる社員とかのカルト感にドン引いた
この呪縛はなかなか解けない
自分が許容できる範囲ってものがあるっぽい
特に欧米のアイデンティティを吸収してしまってると非倫理的なビジネスへの反応がさらに敏感になってしまう
アメリカ被れは日本で住みづらいと感じることが多々ある
日本人が中国人やインド人がやってるビジネスをエグいと感じるように
物理的、精神的に豊かな国の国民の価値観で日本人がやってるくだらないビジネスを図るとアウトと感じるの場面が結構ある
でも初詣で5秒くらい手を合わせてる時に何か降りてきた
別に信心深くもないし、非言語的なものやけど
毎年家族の健康と仕事の成功くらいしか手を合わせたときに祈らないんやけど
家族の健康と仕事の成功
この2つだけっていうのがシンプルで、これが答えなのかも
この2つには明らかな優先度がある
家族や自分の近しい人の心身の健康を願う。その為には自分が稼いで、ある程度それにコミットする金銭的、時間的な余裕が欲しいっていう建て付けになってる
家族に豊かな生活をして欲しいから収入に関しては自分の美徳を捻じ曲げてでも多くの利益を上げてしまってもいいのでないか
自分の組織(会社)は儲かって欲しいからバングラデシュの低賃金極悪労働環境の繊維工場で子供働かせてもいいのではないか
どうせ全てが完璧に納得いくような完璧な世界ではないし
所詮この世はゼロサムゲームなのではないか
資本主義である以上、儲ければ税金も払ってるし、法律守ってるなら何しても良いのではないか
富の再分配で微妙な事業で稼いだ金を綺麗で信じる未来のための事業に投資すれば金の潮流を調整して結果的に善行になるのではないか
そもそもビジネスは戦争なのではないか
とか必死に言い訳を探した
一見見栄えが悪いビジネスも見方を変えれば合理化できる可能性がある。自分自身は深く騙せないけど、数日数週間くらいなら自分を騙してモチベーションを保つことができる
ガチャならエンタメを提供してるとか、それにハマって楽しんでくれてる人がいるとか
まぁそんなチンケな自分を騙す口実なんか何でも良いんやけど
孤独の解消やストレスの解消を促進してるとか、それによって人を救ってるとか
理由づけは何でもいい。自分が50%くらい納得できてたらそれでいい
スモールチーム、個人開発のモチベーション管理は1番重要な業務
ここで失敗すると全てが終わる
モチベーションが全て。動機づけはモチベーションの源流。動機を合理化できるかでプロジェクトが軌道に乗るかどうかの8割くらいが決まる
むしろそれ以外はどうでもいい。誰が、なぜやるか。
サイモンシネックのゴールデンサークルとか知らん人は見ておいて

次に重要なのは我に帰らないスピード感
我に帰る前にリリースする。ほぼ完成させてメンテ前提じゃないようなプロダクト設計でリリースしてしまう
マーケティングも最初からある程度自動化を組んでしまう
というかオーディエンスを先に見つける。ここを準備することが8割くらい命運を分ける
一旦リリースしてしまえば、ユーザーからのフィードバックという新しいダイナミクスが生まれて、別次元に貴重な1次情報を浴びることになる
その深みにハマっていけるからプロジェクトを改善するとかの新しいモチベーションが生まれる
ここからモメンタムがうまれて、そのフローに乗ることができればしばらくはうまくいく
だからまずは賢者モードになる前にリリース出来るように全速力でフライイングゴールキメる
悪どいビジネスのトップは何を考えてるのか
何も感じない人が羨ましい
そもそも、そういう人は不感症の元からクソ鈍感なだけなのか、感じてるけど合理化したり、冷酷になる技術に長けてるのか
ギャンブルやタバコのトップは何を考えてるのか。マフィア的に自分の島の人間を食わせていくことに責任を感じてるのか
郷に入れば郷に従い続けることで違う力学に揉まれて、その世界での常識がその人の常識になっていくのか
チームスポーツ的に高みを目指していくことがモチベーションになってるのか
それぞれ独自のモチベーションがあるってことが最近いろんな人と話しててわかってきた
マネーゲームを単純に勝ち負けのゲームとして純粋に捉えることが出来る才能とか
そこに一点の曇りもない、曇りをなくす技術、モチベーション管理がキーになってるっぽい
犯罪者の過半数は自分がやったことを間違いやと思ってない
ポルポトが国民の過半数を虐殺しても正しいことをしたと信じてたり、ヒトラーも同様
サイコパスと呼ばれる人たちは自分の信念がある
悪いことしてると思いながら行動起こし続けるのは無理
だから自分が信じる理由での動機づけが出来る能力/才能は狂気になりうる
でも実は誰でもやってるうちにそれを本気で信じられるようになる可能性がある
アクションを起こし続けることで自分の行動への信仰度が時間と努力によって深くなっていく
Founder modeとか現実歪曲空間とかいろんな呼び方があるけど、スタートアップとか成功するプロジェクトの周りには特殊なことが起きてる
自分が知らないうちに教祖になってるし、それがカルトの始まり
何かを始めると自分の思考パターンが変わる
続けてるとそれに詳しくなって、気づけば24時間そのことを考えるようになって、信仰に変わる。存在しないものに価値が宿って、人を巻き込めば共同幻想が生まれる
フォロー、フォロワーの関係が生まれていく
自分のアクションへの信仰度の加速が、成長と呼ばれるものの切れ端なのかも
久しぶりにアイツにあったら別人みたいになってた。っていうアレはコレなのかも
習慣化やフィードバックループの構築を意識してダイエットのように自分を変えていくしかない
これをやってみようっていう気にすら10年くらいならなかった
でも最近色んな人と話してみてやっと自分の根本的な間違いに気づいた。ような気がする
ビジネスを競争と感じたことがなかった。理由はいまだにわからないし、いまだに「勝ち負け」が存在するとすら思えてない
無宗教の人に神は存在すると説き伏せてもなかなか上手くいかないのと似てるのかも
ビジネスそのものの概念をレンガで頭をぶっ叩かれるような衝撃でしばかれたら、もう少しハングリーに資本主義の成功者に近づけるのかもしれない
僕みたいにウジウジこんなこと考えてる人が世の中にどれくらいいるか知らんけど、初詣でなんか降りてきたから勢いで駄文を書き散らかした
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